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セールやイベント情報をいち早くおしらせします。

2026/03/28

第二十七回 地元の銘墓

SONOです
この度の地元の銘墓は

弊社、社長並びに部長が大学生時代をお過ごしになられました「大分県」の銘墓です

大分県の中心大分市より北東部になります国東市、国東半島の山頂にあります
岩戸寺(いわとじ) にあります「国宝の国東塔」です

銘文のある国東塔のなかでは現存最古とされる歴史的石造宝塔であります
鎌倉時代の弘安6年(1283年)に造立されたそうで
国の重要文化財にしていされております

国東市の説明では「気品のある最優秀作である」と記載されておりました

各部の均整がとれ気品があり、優美な塔であり、塔の総高 3.29mです

2026/03/19

第二十六回 地元の銘墓

TANEです。
今回は藤原秀郷のお墓を紹介いたします。
実は恥ずかしながら秀郷については宇都宮に引っ越して来るまで全く知りませんでした。
別名「俵藤太」と呼ばれる近江のオオムカデ退治をした伝説の人らしいです。
うしとらで槍に唾つけたやつやん


Wikipediaより 俵藤太                  平将門

多くの人が平将門の乱をご存知かと思いますが、その将門を討伐したのが秀郷です。
何故か討伐した人よりされた方が圧倒的に有名ですね。
折角なのでこの乱の背景をwikiってみました。
下総国(今の常総市あたり)を本拠にしていた将門は935年から親族抗争を勃発。
叔父の平国香を討ちます。その後豪族と国守のトラブルに介入し、常陸、下野、上野の国府を占領、
桓武天皇の血筋をひく将門は親皇を自称し、勝手に国司を任命してしまいました…
朝廷は藤原忠文を征夷大将軍として討伐軍を派遣。
その到着前に国香の子平貞盛とその叔父の藤原秀郷と共に将門を討伐してしまいます。
新皇と自称し僅か2ヶ月のことでした。この討伐では宇都宮の住民は皆さんご存知、
二荒山神社(宇都宮大明神)で授かった霊剣とともに将門討伐に出陣したとのこと。
またこの時着用したとの兜「三十八間星兜」が二荒山神社に伝わっているとのこと。
秀郷はこの功により鎮守府将軍にまで出世したそうです。
折角なので秀郷が築城したと言われる唐沢山城跡に行ってきました。


近江のオオムカデ退治


この城址には人懐っこい野良猫がいっぱい…


関東一の山城と称されるだけあって立派な野面積の石垣です。


築城初期には無かったでしょうが、堀切や枡形など駆使したこの城が難攻不落だったことは
上杉謙信の10度にも渡る攻城を撃退した歴史が証明しています。


山頂の本丸跡は藤原秀郷公を祀る唐沢山神社になっています。

南城跡や天狗岩からは佐野市街はもちろん、天気の良い日には
東京の高層ビルも見えるようです。
この唐沢山から5キロほど離れたところに藤原秀郷公の墳墓があります。

住宅地の一角に鳥居が建てられ塚がひっそりと祀られていました。
1,000年も前の遺構が残り、今なお語られ祀られるということは非常にロマンを感じます。

…ですがやはり首塚の祟りなどもあり、やらかした将門公の方がインパクト強いなぁ

2026/03/11

石の博覧会~お墓は僕らのパワースポット~

平素より格別のご愛顧を賜り誠にありがとうございます。
この度は3月5日6日の二日間にわたり、福島営業所にて展示会を行いました。
残念ながら前日の大雪と当日の強風、更に倒木の影響にて準備が間に合わず、
ご来場者様に行き届いたおもてなしを提供できず申し訳ありませんでした。

展示会前日だというのに絶望的な雪景色…

積雪による倒木で国道方面の道路は通行止めという追い打ち
しかし協力業者様のお蔭で辛うじて華やかな展示会になったと思います。
ご協力ありがとうございました。

ご来場いただいた皆様、お足元の悪い中ご来場いただきありがとうございました。
お陰様で盛況な展示会になりました。
準備が万端ではなくお恥ずかしい所をお見せしましたが、来年はより一層頑張り
皆様の満足いく展示会を目指しますので、今後ともよろしくお願いいたします。

 

第一回ルイ フォト&絵画コンテスト
「あなたのパワースポット!」結果発表!

この度は数多くの出品ありがとうございました。
全37作品の中から皆様に投票いただき、6日 14時半より開票いたしました。
上位投票作品を掲載させていただきます。

 

最優秀賞:選べるギフト券5万円分
日光市石材店 様

ここは、心が静かになるパワースポット。手を合わせると、見えない力がそっと守ってくれる。

 

優秀賞:ディズニーペアチケット
棚倉町石材店 様


題名:慰霊碑(無名戦士供養塔)

二代目五十嵐嘉一右衛門がシベリアから復員したばかりの昭和23年に自らノミを
ふるって文字を刻み建立する。
異国で散った戦友のために「無事に帰れたら必ず自分の手で供養塔を建てよう」
と収容所で誓い日本に戻って最初の仕事として棚倉町長久寺に建てた。

 

優秀賞:ディズニーペアチケット
福島市石材店 様

題名:わらべとわらべ

 

特別賞:ワンピーススクラッチ×20枚
北秋田市石材店様

題名:川と紅葉

 

特別賞:ワンピーススクラッチ×20枚
大田原市石材店様

題名:休日

ついこの前 赤ちゃんだった子が、いつのまにか逞しく育っていて、
力強く走りまわる後ろ姿を見ていると、自然と元気を貰えます。
家族はもちろん、仕事仲間や地域の人たちにとっても、大切な存在だと感じます。
周りの人たちを元気にしてくれる、かわいい子供と一緒にいる場所が、
私のパワースポットです♪

 

特別賞:ワンピーススクラッチ×20枚
石川町石材店様

題名:長谷寺

 

以上
特別賞は当初5作品を予定していましたが、次点は同数投票が多数ありましたので、

勝手ながら3作品とさせていただきました。

2026/02/10

価格改定通知について

4月1日より中国国内の税制が代わります。

2026/01/22

第二十五回 地元の銘墓

「万治の石仏」

高島藩主諏訪忠晴公が、万治2年(1659)諏訪春宮大社へ石の大鳥居を寄進した。
その時これを石材にしようとして、石工が鑿を入れた所、血が流れ出たので
神様の祟りと恐れ中止した。

石工達はこの石に阿弥陀如来をまつって記念とした。
建立が、万治3年(1660)と刻まれていることから、万治の石仏と命名し、
岡本太郎画伯や大勢の方がお参りに訪れています。

※お墓ではありませんが、興味深い石工の話でしたので掲載させて頂きました。

2026/01/06

新年のご挨拶

謹んで新年のご挨拶を申し上げます。
旧年中は格別のご愛顧を賜り、誠にありがとうございました。

2026年を迎え、有限会社ルイはさらなる飛躍を目指してまいります。
私たちはこれまで、石材輸入商社としてお客様の多様なニーズにお応えするため、
品質とサービスの向上に努めてまいりました。
本年も引き続き、信頼されるパートナーとして、皆様のご期待にお応えできるよう
全力を尽くしてまいります。

また、昨今の社会情勢や市場環境の変化に柔軟に対応し、持続可能な事業運営を
目指して、社員一同一丸となって取り組んでまいります。
お客様、取引先の皆様、そして地域社会の皆様とともに、より良い未来を
築いていけるよう努力してまいりますので、変わらぬご支援を賜りますよう
お願い申し上げます。

本年が皆様にとって実り多き一年となりますよう、心よりお祈り申し上げます。
2026年も有限会社ルイをどうぞよろしくお願い申し上げます。

有限会社ルイ
代表取締役 吉川信貴

2025/12/26

第二十四回 地元の銘墓

南部氏とは ― 盛岡藩を治めた北方の名門
南部氏は、甲斐源氏の流れを汲むとされ、中世以来、現在の青森・岩手を中心に勢力を築いた名族である。
関ヶ原の戦い後、南部信直の子・南部利直が盛岡藩主となり、以後明治維新まで約260年にわたり南部家は盛岡を治め続けた。
長期にわたる安定した統治は、盛岡藩が大きな改易や転封を受けなかったことにも表れている。その歴史の積み重ねが、現在の墓所群にも色濃く反映されている。
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大慈寺(だいじじ)― 南部家歴代藩主の菩提寺
盛岡市中心部に位置する大慈寺は、盛岡藩南部家の菩提寺として知られる。境内奥には、江戸時代の藩主たちの墓が整然と並んでいる。
これらの墓石は、藩主という権威を誇示する豪華さよりも、武家らしい簡素さと威厳を備えている点が特徴的である。
歴代藩主の墓が一か所にまとまっているため、盛岡藩の歴史の流れを視覚的にたどることができるのも大慈寺墓所の魅力だ。
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聖寿寺(しょうじゅじ)― 初代藩主・南部利直の墓
盛岡藩初代藩主 南部利直 の墓があるのが、盛岡市内の聖寿寺である。
利直は盛岡藩の基礎を築いた人物であり、その墓所は特別な存在として現在も大切に守られている。
杉木立に囲まれた境内は厳かな空気に包まれ、戦国から江戸へと時代をつないだ武将の人生を静かに思わせる空間となっている。
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墓所が語る「盛岡藩の性格」
南部家の墓所を歩いて感じるのは、華美さよりも実直さである。
徳川御三家や大都市の大名墓所に見られる豪壮な装飾は控えめで、北国を治めた武家らしい堅実さが随所に表れている。
それは、厳しい自然環境の中で藩政を維持してきた盛岡藩の姿勢そのものとも言えるだろう。
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おわりに ― 墓所は「生きた歴史資料」
盛岡藩南部家の墓所は、単なる史跡ではなく、藩の歴史・価値観・人物像を今に伝える生きた歴史資料である。
盛岡を訪れる機会があれば、城跡や資料館とあわせて、ぜひ南部家の墓所にも足を運んでほしい。
そこには、北東北の地を長く支えた大名家の静かな足跡が、今も確かに残っている。

2026/12/26

年末のご挨拶

いつも大変お世話になっております。
有限会社ルイのブログ担当スタッフです。

本年も残すことあとわずかとなりました。
皆様よりのご愛顧に支えられた一年でございました。
この場をおかりいたしまして、厚く御礼申し上げます。

さて、誠に勝手ながら、弊社の年末年始の営業は、下記のとおりと致します。
皆様にはご不便、ご迷惑をお掛けしますが、何卒ご容赦賜りたく存じます。

年内営業   令和7年12月27日午前中まで
年始営業   令和8年1月5日より

2026/12/26

第二十三回 地元の銘墓

前島密(まえじま ひそか) 1835~1919 日本の官僚、政治家。新潟県出身。
日本の近代郵便制度の創設者の一人として「郵便制度の父」とも呼ばれています。
密翁は「郵便」「切手」「葉書」という名称を定めました。
一円切手の肖像でもしられていますが、日本の他の切手は頻繁にデザインを変更されている中で、
前島の肖像が描かれている一円切手だけは1,947年の初発行から一度もデザインが変更されていません。
前島密翁夫妻は、晩年を神奈川県横須賀市 浄楽寺境内の別邸「如々山荘」で過ごしました。

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