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㈲井田石材店 群馬
TANEです。
今回は群馬県伊勢崎市の有限会社井田石材店さんをご紹介いたします。

明治時代創業の歴史ある石材店で、男だらけの石材業界には珍しく、
女性の井田怜良さんがセールスとデザインを担当しています。

この写真はマハラジャ六本木
TANEとは同世代で25年の付き合いになります。
非常に行動力があり、英語、中国語を学び、プライベートではDJをもこなす、
そんな彼女のデザインするお墓はオリジナリティに溢れまさにアートです。


業界特有の固定観念にとらわれず、お施主様の要望を極限まで取り入れ、
新旧をうまく融合させてきました。

大型墓所の案件も多数設計デザインしています。
弊社もお手伝いさせてもらったのですが、2019年古く荒れた霊園の
再生プロデュースを依頼されました。
BEFORE


Google マップより引用
敷地は約2000平米、全面を整地し、古墓石の整理と62基の新規墓石をデザイン設計。
シンプルでありながら見栄えがし、ボリュームを持たせながら低価格、
更に統一形状ながらも各家の個性を持たせるというプレゼンで依頼を勝ち取り、
霊園の組合と何度も打ち合わせを重ね、開発が始まりました。
62軒のお施主様と1軒1軒何度も打ち合わせを重ね、それぞれの要望を聞き、
1年半かけて霊園は生まれ変わりました。
AFTER






各お施主様の要望をデザインし影彫や筋彫で表現しました。
多くの石材店様を見てきましたが、自ら筆を取り彫刻のバランス、
レイアウトを細かく指示する石屋さんは非常に珍しいと思います。






当時は、いつも元気な彼女も62軒のお客様との字彫や彫刻のやりとりは神経を使い、
かなり疲弊していましたが、お参りしやすい綺麗な霊園を見事に完成させました。
今後も芸術的センスを活かした挑戦を期待しています。
会社名 :有限会社 井田石材店
所在地 :群馬県伊勢崎市宮子町3499−3
問い合わせ:0270-25-5500
営業時間 :月~土:9:00AM~5:00PM
休業日 :日曜・祝日
事業内容 :石材加工・販売、墓碑建立
熊本県球磨郡多良木町
荒尾石材 様
鳥居施工
熊本県人吉市中神町に鎮座する中神白木神社
御祭神は、天之御中主神で日本神話の天地開闢において登場する神様であります
旧社格は村社で中神町の中心的な神社です
中神白木神社があります人吉市中神町周辺は、令和2年7月の
豪雨災害で大きな被害を受け、鳥居は令和5年10月に奉納されました



初めまして、今年の1月から福島営業所の営業として入社しました
菊池 咲希と申します!
福島営業所には同じ苗字の大先輩菊池さんがいらっしゃいますので、
下の名前でのご挨拶とさせていただきます。
少し自己紹介をしたいと思います。
福島県矢吹町出身
平成15年9月10日 今年23歳になります。
趣味は車と釣りです
車はいじるのも運転することも好きで、釣りでは夏は海釣り、冬はエリアトラウトなど
幅広く毎週のように釣りに出かけています!

夕まずめから釣り始めるとこんな景色も見られます
ルイでは女性の営業は初という事でその利点を生かし、細やかでしっかりとした提案ができるよう努めてまいります。
まだまだ未熟ですが、持ち前の明るさと強い根性で頑張っていきたいと思いますので
よろしくお願いいたします!
そして、ルイ恒例の…
今回ご紹介するのは長福院 毘沙門天と仁王です。
小松 寅吉 と 一番弟子 小林 和平の共同作で
寅吉の最後の作品ともいわれています。

草木が生い茂っていて春なので蕨やタケノコがたくさん生えていました!
小松寅吉の作品は技巧を凝らした石彫刻作品で「奇巧の石工」と呼ばれていました。
細かな紋様や透かし彫りの技巧を凝らすことを得意としており、中でもその時代では
一般的な蹲踞スタイルの狛犬とは一線を画し、あたかも雲に乗り空を飛んでいるかの
ような「飛翔獅子」という斬新なスタイルを発明しました。後ろ脚を蹴り上げた形で
重量バランスを成立させるため、足元には雲、岩、波、花などに見える造形を狛犬と
一体として彫るこのスタイルは、弟子や周りの石工たちに引き継がれたようです。


熊野神社 飛翔獅子型狛犬
(上:雄獅子 下:雌獅子)
このお写真は鮫川村のホームページにあります、熊野神社 飛翔獅子型狛犬
の記事からお借りいたしました。ぜひそちらもご覧になってみてください!
毘沙門天と仁王は石川町の長福院というお寺の中にあり、大正2(1913)年3月に作成されました。最後の作品と言われており、このとき寅吉は69歳。亡くなる2年前でした。
毘沙門天の前には、一番弟子・小林和平が彫った仁王像一対があり、
仁王像には「和東斎剣石」という銘が彫られています。




これは和平の雅号とのことですが、こんな風に彫られた作品は
他には見あたらないようです。
また、小松寅吉が襲名し「小松布孝」と名乗っていますが、毘沙門天の銘は
「福貴作 小松孝布」となっています。


毘沙門天像正面と背面
なぜ逆にしたのだろうか…少し考察しました。
毘沙門天と仁王像を彫った時和平は独立し4年。
独立後でも寅吉と共同作として彫っていた事、寅吉が亡くなる2年前という事を考えるともしかしたら
寅吉は体力も衰え一人でこの大きさを彫刻するには厳しく、
和平に大部分を彫ってもらったのではないでしょうか。
もしそうなのであれば負けず嫌いで頑固なところがある寅吉ですから
自分の作品とは言えないと「福貴作 小松孝布」と彫ったのかなと思いました。
それに連なり和平も師匠の意を組み自分も…なんて。
完全な私の妄想ですが、もしかしたらそんなやり取りが寅吉と和平の中で
あったかもしれませんね!
その他周りには祠や石塔、石碑、地蔵がありお寺の中に神社があるという
中々珍しい環境で石碑の中には「聖徳太子」や「古峯神社」と彫られているものがあり
祠にはかわいらしいお狐様がいらっしゃいました。とても神秘的な空間でした。



お狐様の顔がとてもかわいくて
お気に入りです!


長福院さんの奥様にお会いしたのですが、とても気さくでおしゃべりが大好きな
素敵な方でした。
また、入り口からかなり狭く道も細いため、大きい車で行くことはお勧めしません…笑
行ってみる価値は大ありなのでぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか?
長福院
〒963-7825 福島県石川郡石川町沢井大池下84
最後までご覧いただきありがとうございました。
SONOです
この度の地元の銘墓は
弊社、社長並びに部長が大学生時代をお過ごしになられました「大分県」の銘墓です
大分県の中心大分市より北東部になります国東市、国東半島の山頂にあります
岩戸寺(いわとじ) にあります「国宝の国東塔」です
銘文のある国東塔のなかでは現存最古とされる歴史的石造宝塔であります
鎌倉時代の弘安6年(1283年)に造立されたそうで
国の重要文化財にしていされております
国東市の説明では「気品のある最優秀作である」と記載されておりました
各部の均整がとれ気品があり、優美な塔であり、塔の総高 3.29mです






TANEです。
今回は藤原秀郷のお墓を紹介いたします。
実は恥ずかしながら秀郷については宇都宮に引っ越して来るまで全く知りませんでした。
別名「俵藤太」と呼ばれる近江のオオムカデ退治をした伝説の人らしいです。
うしとらで槍に唾つけたやつやん


Wikipediaより 俵藤太 平将門
多くの人が平将門の乱をご存知かと思いますが、その将門を討伐したのが秀郷です。
何故か討伐した人よりされた方が圧倒的に有名ですね。
折角なのでこの乱の背景をwikiってみました。
下総国(今の常総市あたり)を本拠にしていた将門は935年から親族抗争を勃発。
叔父の平国香を討ちます。その後豪族と国守のトラブルに介入し、常陸、下野、上野の国府を占領、
桓武天皇の血筋をひく将門は親皇を自称し、勝手に国司を任命してしまいました…
朝廷は藤原忠文を征夷大将軍として討伐軍を派遣。
その到着前に国香の子平貞盛とその叔父の藤原秀郷と共に将門を討伐してしまいます。
新皇と自称し僅か2ヶ月のことでした。この討伐では宇都宮の住民は皆さんご存知、
二荒山神社(宇都宮大明神)で授かった霊剣とともに将門討伐に出陣したとのこと。
またこの時着用したとの兜「三十八間星兜」が二荒山神社に伝わっているとのこと。
秀郷はこの功により鎮守府将軍にまで出世したそうです。
折角なので秀郷が築城したと言われる唐沢山城跡に行ってきました。



近江のオオムカデ退治

この城址には人懐っこい野良猫がいっぱい…


関東一の山城と称されるだけあって立派な野面積の石垣です。


築城初期には無かったでしょうが、堀切や枡形など駆使したこの城が難攻不落だったことは
上杉謙信の10度にも渡る攻城を撃退した歴史が証明しています。


山頂の本丸跡は藤原秀郷公を祀る唐沢山神社になっています。



南城跡や天狗岩からは佐野市街はもちろん、天気の良い日には
東京の高層ビルも見えるようです。
この唐沢山から5キロほど離れたところに藤原秀郷公の墳墓があります。



住宅地の一角に鳥居が建てられ塚がひっそりと祀られていました。
1,000年も前の遺構が残り、今なお語られ祀られるということは非常にロマンを感じます。
…ですがやはり首塚の祟りなどもあり、やらかした将門公の方がインパクト強いなぁ
平素より格別のご愛顧を賜り誠にありがとうございます。
この度は3月5日6日の二日間にわたり、福島営業所にて展示会を行いました。
残念ながら前日の大雪と当日の強風、更に倒木の影響にて準備が間に合わず、
ご来場者様に行き届いたおもてなしを提供できず申し訳ありませんでした。

展示会前日だというのに絶望的な雪景色…


積雪による倒木で国道方面の道路は通行止めという追い打ち
しかし協力業者様のお蔭で辛うじて華やかな展示会になったと思います。
ご協力ありがとうございました。






ご来場いただいた皆様、お足元の悪い中ご来場いただきありがとうございました。
お陰様で盛況な展示会になりました。
準備が万端ではなくお恥ずかしい所をお見せしましたが、来年はより一層頑張り
皆様の満足いく展示会を目指しますので、今後ともよろしくお願いいたします。
この度は数多くの出品ありがとうございました。
全37作品の中から皆様に投票いただき、6日 14時半より開票いたしました。
上位投票作品を掲載させていただきます。


二代目五十嵐嘉一右衛門がシベリアから復員したばかりの昭和23年に自らノミを
ふるって文字を刻み建立する。
異国で散った戦友のために「無事に帰れたら必ず自分の手で供養塔を建てよう」
と収容所で誓い日本に戻って最初の仕事として棚倉町長久寺に建てた。



ついこの前 赤ちゃんだった子が、いつのまにか逞しく育っていて、
力強く走りまわる後ろ姿を見ていると、自然と元気を貰えます。
家族はもちろん、仕事仲間や地域の人たちにとっても、大切な存在だと感じます。
周りの人たちを元気にしてくれる、かわいい子供と一緒にいる場所が、
私のパワースポットです♪

以上
特別賞は当初5作品を予定していましたが、次点は同数投票が多数ありましたので、
勝手ながら3作品とさせていただきました。
4月1日より中国国内の税制が代わります。

「万治の石仏」
高島藩主諏訪忠晴公が、万治2年(1659)諏訪春宮大社へ石の大鳥居を寄進した。
その時これを石材にしようとして、石工が鑿を入れた所、血が流れ出たので
神様の祟りと恐れ中止した。
石工達はこの石に阿弥陀如来をまつって記念とした。
建立が、万治3年(1660)と刻まれていることから、万治の石仏と命名し、
岡本太郎画伯や大勢の方がお参りに訪れています。

※お墓ではありませんが、興味深い石工の話でしたので掲載させて頂きました。
謹んで新年のご挨拶を申し上げます。
旧年中は格別のご愛顧を賜り、誠にありがとうございました。
2026年を迎え、有限会社ルイはさらなる飛躍を目指してまいります。
私たちはこれまで、石材輸入商社としてお客様の多様なニーズにお応えするため、
品質とサービスの向上に努めてまいりました。
本年も引き続き、信頼されるパートナーとして、皆様のご期待にお応えできるよう
全力を尽くしてまいります。
また、昨今の社会情勢や市場環境の変化に柔軟に対応し、持続可能な事業運営を
目指して、社員一同一丸となって取り組んでまいります。
お客様、取引先の皆様、そして地域社会の皆様とともに、より良い未来を
築いていけるよう努力してまいりますので、変わらぬご支援を賜りますよう
お願い申し上げます。
本年が皆様にとって実り多き一年となりますよう、心よりお祈り申し上げます。
2026年も有限会社ルイをどうぞよろしくお願い申し上げます。
有限会社ルイ
代表取締役 吉川信貴